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『マイスウィートスウィートエンジェル!』第17話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


 くだらない日々が続いてうんざりするけれど、それでもアタシはなんとかあの歌詞を書き切って、満足していた。はやくシンちゃんに会いたい。そうすれば、もう全部終わったっていいと思っていた。

 結論からいうと、シンちゃんは天使なんかじゃなくて、ただの大鳥羽シンゴ君だった。
「シンちゃんの、アホーーー!!!!!!何やってんだーーーーー!!!!!!!!」
 アタシの声は虚しく春の空に響いて、消えてった。イヤホンをしているシンちゃんには届かなかった。シンちゃんは天使なんかじゃないのに、飛んだんだ。アホナスビ。シンちゃんは天使なんかじゃないのに!
 でも、アタシはソラ。
 ふわふわ羽ばたけるわけもなく、どおどお落ちてくるシンちゃんと長い間目が合っていたような気がする。シンちゃんは白目を剥いていたような気もする。シンちゃんはアタシめがけて真っ逆さま。アタシはできるだけでっかくでっかくなって、全身でシンちゃんを受け止めた。「飛べるんじゃん」、そういう間も無くアタシはシンちゃんでいっぱいになって、地面にずぶずぶ沈んでいった。
 何の運命なのか、ちょうど家賃やら光熱費やらを払い切って、アタシの預金はとうとう底をついてしまっていた。有言実行、やるじゃん、アタシ。

 全身の痛みと共に目を覚ますと、看護師さんが慌ててお医者さんを呼びに行った。
 嘘でしょ、生きてんのか、アタシ。有言不実行。ダメじゃん、アタシ。夢? シンちゃんはどうなったんだろう。
「奇跡ですよ、すごい生命力だ……」
馬鹿にしてんだろというようなことをぽつりと呟いて、お医者さんがアタシを見る。
「あの、男の子……多分一緒に倒れてたと思うんですけど、どうなりました?」
「お知り合いなんですか? なんとか、命に別状はない状態ですよ」
うっそ。本当に奇跡じゃん、やるじゃんアタシ。シンちゃんだけ先に死なせてたまるかよ。
 ほっとすると、全身の痛みに神経が向いて、情けない声が出た。

 は、と目を覚ます。また夢だ。見慣れた部屋で汗だくになって目覚める。シンちゃん。嫌な予感がした。走って、走って、非常階段の所まで行く。誰もいない。シンちゃんの部屋まで行く。
「シンちゃん、シンちゃん、アタシ。いないの!?」
静かな住宅街に慌てた声が響く。永遠にも思える長い長い数秒間の後、ドアが開く。眠そうな目のシンちゃんが出てくる。アタシはわっと泣いて、シンちゃんに飛びつく。
「ど、どうしたんですか、ソラさん。こんな夜中に……」
「バカ、アホ、シンちゃんが夢の中で死のうとしたりしちゃうから、アタシ、心配で、心配で……」
言葉が出てこなくなったアタシをシンちゃんはそっと抱きしめてくれた。まだ、あったかい。まだ、なんて思ってしまう自分が恐ろしくなる。
「なにか飲んでいきますか?」
優しく微笑んでくれるシンちゃんに甘えたくなって、アタシは静かに頷いた。
 久々に訪れたシンちゃんの部屋は、もうあの頃とは違う白と黒の空っぽな部屋になってしまっていて、アタシはまた静かに泣いた。

【差引残高 0】

 

◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
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