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『マイスウィートスウィートエンジェル!』第10話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


 朝入るお風呂は、夜に入るお風呂よりお湯が優しい気がする。夜のお湯は、お疲れお疲れぇ! 今日はどうだった!? え!? 何にもしてない!? 昨日もそうだったみたいだけど、大丈夫!? そんなことよりお疲れっス!! みたいにワッショイワッショイうるさくて、バチャバチャ身体に刺さってくる。朝のお湯は、もっと優しい。何にも言わない。黙ってあたたかく包んでくれるような感じ。だからなんとなく、アタシは好きなんだ。思い出してみると、タッくんはなんだか夜のお湯みたいだった。

 ドライヤーでがーっと乾かしたバサバサの髪のまんま、お散歩に出かけてみる。あんなに真っ白だった靴も、もう汚れちゃってる。洗えば綺麗になるけれど、そんなの当たり前だし、当たり前のことなんて面倒だ。

 気持ちがぼんやりしていると、街もぼんやりして見える。全部がシャボン玉の向こう側にあるみたいで、はっきりしない。ぼーっと突っ立っていると、風船を持った子どもがアタシにぶつかって、青い風船がどんどん空と一体化していった。「ばか!」と泣かれて、「ごめんね」と言いながら自分が情けなくて、全部にばか、と叫びたくなった。楽しいことなんて何ひとつない。アタシは青色じゃないから、飛んでいったってあの空と一緒にはなれないんだ。馬鹿みたい。名前だけソラなんて、アタシはただの空っぽだ。

 汚れた靴で、なんとなくあのビルへ向かう。高い高い、空よりももっと高いところへあるお日様なら、アタシを慰めてくれるかもしれない。慰めるって、何を? どう? アタシは何を、どう慰められたいんだろう。ただただ空しいアタシのウツワを照らされるだけじゃないか。

 非常階段のテッペンに、誰かいる。誰かいる。

 先客一名様があの時のアタシみたく、踊り場から身を乗り出してぼんやりと空を見上げている。アタシ、すぐ分かった。あの人だって分かった。遠くからだけど、あの人だって分かった。
「何してんのー!」
思わず叫んでしまった。よく見えなかったけれど、彼はおそらくびっくりした顔をして、キョロキョロ辺りを見回した後、アタシを見つけた。あ、と小さく声が聞こえて、不思議と心が踊った。
「店員さーん! アタシ、分かるー!?」
彼はコクンと頷いて、よたよた柵をよじのぼり、そのまま後ずさって地面にへたり込んだ。

 アタシの汚れた靴は急に羽が生えたようになって、どんどん階段を上っていった。はやく、はやく、上へ。お日様へ向かって、どんどんアタシは上っていく。

【差引残高 803,515】

  

◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
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