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『マイスウィートスウィートエンジェル!』第7話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


 仕事を辞めてから、もうどのくらい経ったのだろう。とにかく逃げたい逃げたいと思っていた仕事をいざ本当に辞めてみると、ゲームを離脱した者には一切干渉してこない鬼になんだか呆気に取られて、もともとぼんやりしていたアタシの存在が更に輪郭を失ったような感じがした。仕事にはうんざりだった。公務員として公に奉仕していると、気が狂いそうになる。皆と同じ格好をして、突拍子もない申し出やつまらない世間話をにこにこにこにこ皆と同じハリツケ笑顔で捌いてひたすらに自分を見失っていると、時間は猛スピードで過ぎていった。お金のため、生きていくため、と思えば仕方がないことなのかもしれないし、大抵の人はソレに従事できているのだから、特にパワハラを受けたりしているわけでもないのにちまちま文句を垂れるのもおかしなことなのかもしれない。だけどアタシには耐え切れなかった。生きていくため、とはいえ、生きていくって何? 生きる? 生きるって何だろう〜〜♪と頭の中でよく分からんふわふわした生き物がラッパを吹いたり太鼓を鳴らしたりしながらダンスを踊り始めて理由もわからず泣いちゃいそうになる。そんなこんなで死んじゃおうと思った。生きることについて考えるのは難しいけど、死んじゃうことって簡単だって思ったから。世の中にはもっと苦しくても云々、なんていうお説教はNG。そんなのアタシだって道徳の授業のありがた〜いお話で散々聞かされて痛いほどよくわかっている。よくわかっているけれど、アタシはその人じゃない。その人じゃないから、たとえその人の置かれた状況をわかることができたとしても、その人の痛みをわかることはできない。だから比べられて、それを元にお説教されたって、なんかいまいちピンとこないし、知るかよって思っちゃうんだよね。だけどアタシはトキメキってやつに見入っちゃったせいで、おかげで? なんとか今日まで生きている。トキメキに全てを賭けたいと思った。ぼんやり長生きするよりも、でっかな花火の真ん中の点みたいに、キラキラに囲まれて、その瞬間にふわっと消えていきたい。そんな瞬間がずっと続くなんて甘ったるいことは思わないあたり、アタシも中途半端に大人になっちゃったんだと思う。

 窓から秋の涼しい夜風が入り込んできて、ひとつ大きくくしゃみをした。起き上がって、携帯を手に取る。天使のイラストの上に表示されたロック画面に、素早く番号を打ち込む。

 昔から友達は少ないほうだったけれど、歳を重ねるにつれてどんどん友達と呼べる存在は減っていった。SNSで繋がっている程度で、実際に連絡を取り合ったり誕生日を祝ったりする相手は一人もいないことに最近気がついてなんだか虚しくなった。会って、話して、感情を共有できる相手が欲しい。その一心で、マッチングアプリをインストールした。ポコん、と音がして、インストールが完了する。適当にプロフィールを設定して、ひたすら人間を眺めていく。スワイプ、スワイプ。あの店員さんの悲しそうな微笑みを掻き消すように、画面を左右になぞる。友達が欲しいんじゃなくて、本当はあの店員さんともっと話がしたいんだってことに、アタシは気が付かないフリをし続けた。それから何度かあのコンビニへ行ったけど、もうあの店員さんには会えなかった。

【差引残高 2,424,567】



◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
ぱやちの関連リンク集 https://potofu.me/241638

 

 

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