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『マイスウィートスウィートエンジェル!』第2話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


  は、と目が覚める。かなり長い間染め直していない、かろうじて金色を保っている長い髪が乱暴な扇風機に流されて何かのミュージックビデオみたくはためいている。あっちいー。てか今何時だよ。その辺にあったシュシュを引っ掴んで煩わしい髪の毛を適当にまとめ、携帯を見る。ペカっとロック画面が光って、天使のイラストの上に時刻が表示される。
「げえ、もう21時過ぎてんじゃん」
のそのそと起き上がってとりあえず電気をつける。汗かいて気持ち悪ー。鏡を見ると汗でお化粧がでろんと滲んでいて、なんだか惨め。パッとしない。ちょっと不機嫌になる。冷蔵庫を開けるとトマトとかピーマンとかおナスとか、夏の名残りみたいな野菜が少しずつあったけど、料理する気にもならない。おなかすいたおなかすいたおなかすいたーっ。かなり不機嫌になる。てかさっきまで死のうとしてたのに普通にぐっすり寝て起きたらお腹減っててウケる。超生きてんじゃん! 案外長生きしちゃったりなんかすんのかな。ってダメダメ。もううんざりなんだってば! アタシはとにかくドキドキでキュンキュンでキラキラ〜な瞬間にこの世を去るって決めたんだから。ダラダラしてる場合じゃない。ダラダラしててもいいんだけど。可愛くいられる時間なんてダラダラしてたらあっという間に過ぎちゃって結局トホホーとか言ってしわしわになって死んじゃう。そんなの悲しすぎるっしょ! 世界の中心はアタシだーーって思い込んでニヤけて死んでいきたいんだ。でもまー考えてても仕方ないし? 腹が減ってはなんとかっていうし。ある種の戦いかあ、これも。とりあえずコンビニ行って適当に済ませちゃお。あれこれ考えるのは明日からでいいっしょ。うん。お化粧直すのは面倒だから、マスクをつけて大きめの帽子を被ってお財布持って、脱ぎ散らかしてある靴を履く。痛ー! 全力疾走のために擦りむけた足の指が再びその靴によって刺激される。そうだ、明日は靴を買いに行こう。可愛くて、よく歩けるやつ。今日はもうサンダルでいいや。もう一度脱ぎ散らかした靴を端へ追いやり、大きめのサンダルを履く。うん、これなら行けそう。ちょっと痛いけど。お腹を満たすため、頑張れアタシ。

「っしゃーせーぃ……」
 家から徒歩5分くらいのところにあるコンビニは、夜遅くなると商品に半額のシールが貼られることがある。アタシはセコいからそればっか狙ってる。でも今日のアタシは違う、食からもトキメキを摂取せねばと燃えているのだ! 値段は気にせず、今食べたいと思ったものを買う。これがなかなか、ケチなアタシにとってはかなり難しいことなんだけど、こういうところでついついケチってしまうことで結局後からあーやっぱあれ食べたかったなーとか、あれ期間限定だったのかよ、ショックーとか、地味〜な負のオーラを体内に溜め込んでしまっているような気がする。今日は絶対、アボカドとサーモンのクリームチーズパスタと、黒蜜きな粉プリンを買う。買うぞ! こら! 半額を見るなアタシ! 目当てのものをカゴに入れてレジへと運ぶだけでどっと疲れた。
「これ、お願いしまーす」
「594円が一点、224円が一点、……合計818円です」
ひょえー高〜っ。食べ物二つ買っただけで1000円近くするんだ。1000円あれば何日分のごはんが作れると思ってんだ。あ、いやいやこんなことに驚いている場合じゃない。
「1000円でお願いしまーす」
平静を装って千円札を出し、おつりを受け取る。数字を見るとビックリするけど、支払ってしまえばへーこんなもんか、くらいの気持ちになってきた。金銭感覚が狂うのってこういう小さいところから始まるんだろうか。こわー。
「あ、あの……」
店を出ようとすると、眠そうな目の店員さんから声をかけられる。あ、ホントだ、お箸がない。
「ああ! お箸大丈夫でーす!」
とりあえず明るく振る舞っておく。
「いや、そうじゃなくて、いやそれもすみません、や、じゃなくて、だけど……あ、いやなんでもないです……」
店員は少しの間モゴモゴ何かを言って黙って俯いた。なんでい。寝ぼけていたのかもしれない。軽く会釈をして店を出る。家に帰ったら食べたいものをしっかり食べて、今後のことを考えよう。家を出た時よりも心なしか身体が軽い気がする。右手のレジ袋の重みが心地いい。

【差引残高 2,486,074】




◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
ぱやちの関連リンク集 https://potofu.me/241638

 

 

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