マイスウィートスウィートエンジェル! 第1話



「いまーわたしのーーねがーいごとがーーかなーうーなーーらばー……」
 ツバサ、そんなもん人間のアタシには必要ない。てか今日に限ってなんでこんなお日様はウキウキカッカなさっているわけ? 暑い。もう世の中は秋なんですけど。コンビニのクジでも当たったんですか。てか、アタシがなんでこんな日にこんなお日様に近い近ーいところまで上ってんだっつー話。でも上ってきちゃったもんは仕方ない。別に今日この日、この時に運命感じて、意識しちゃっての行動じゃない。なんとなく今日この日、この時だった。死ぬ時って、大体そんな感じでゆるいもんじゃない? 死んだことないから分かんないけど。脳がふんわふんわ白い煙みたいになっていって、意識してんだかしてないんだか、身体も心も死ぬほうへ死ぬほうへ行っちゃう。そんな感じがする。そうやってアタシも今日ここの、この町でおそらく一番高いであろうビルの非常階段をテッペンまで上ってきた。上り切った時にはどっと疲れたけど、なんかスカーッとして、登山が趣味な人の気持ちがちょっとだけわかった気がする。こんなんで分かった気になんなってか。知らねーいいんだよここがアタシの富士山なんだ。見晴らし最悪。つまんねー町のつまんねー片鱗がぽろぽろ見える。超絶退屈な気分。暑い暑い暑い。階段の踊り場から身を乗り出すと、少しだけ涼しくなった。怖。落ちたら死ぬんじゃん、これ。てか下にあるの駐輪場じゃん。串刺しで人生終わるのとかあり? まあもう死んじゃうんだしなんでもいーやな気分です。

 ツバサ、やっぱどー考えてもいらない。ビュンビュン飛び回ってあの世までお気楽にゴーできるなら是非下さいなんだけど、結局飛び回ったところでこの世界から出られるわけでもないし、撃ち落とされて"珍味・人面鳥の串焼き!"とかっつって結局串刺しになって終わるのがオチでしょ。美味しい〜ッて言われるならまだいいけど、オエマズ! とか言われた日にはアタシどーやっても報われない。あーもっとお料理に感謝して食事してりゃよかった。ホタテ嫌いマズイとか言って、ゴメン。

 まあだからつまりは富とか名誉とかの方がアタシは欲しいんだな。いきなりめちゃくちゃな大金が降ってきて、さらに死ぬまでずーっと枯れることなく承認欲求が満たされるなら、死んじゃおうとか思わない。こんなわけわかんない町で己の心の富士山のテッペン目指してふらふら歩いたりなんかしない。アタシにはツバサも、富も、名誉も、何にもない。つまんねーーー嫌なこといっぱい思い出して涙出てきた。クソ。

 ん? よく見たら駐輪場にカップルらしき男女発見。いつの間に〜。アタシが焼き鳥にされてる間に手繋いでやってきたってか。オイオイここは居酒屋じゃねーんだよっ。なーんつって。あーおもんな。あっ、キスした。あっ! またキスした。またキスした! 女の子、超積極的。馬鹿やろ〜長えんだよ息継ぎしろよ死んじゃうぞ? 死にそうなのはアタシなんだが。えーヤバい超羨ましい。ムカつくからあのカップル目掛けてウルトラダイブしてやろうかとも思ったけど、アタシ、そこまで悪い人なわけでもない。普通に羨ましい。こんなクソつまんない町に、無邪気なかくれんぼみたいなキスしてる人たちがいるんだ。こんな一瞬でこんな奇跡みたいなトキメキを見られたんだから、探せばもっとあるのかもしれない。

 アタシ、あった。欲。欲が。欲しがらなくてもあった。両翼、とかいうように翼には"ヨク"という音がある。同じ"ヨク"って音だけど、人間が生きていくために必要なのは、欲の方だ。やっぱりツバサじゃない。ドキドキしたい。キュンてしてみたい。足りない足りない足りない! トキメキが足りない。白い煙がビュンといきなり集まってガチガチにアタシの脳みそに戻った。全身からあらゆる欲が飛び出して、飛び降りようにも飛び降りられない。

「きゃーっ! 最低!」バチンッ
「いでっ! て、てかそんな場合じゃないって! あ、あの子ヤバいからっ、警察、警察!」
 マズい。あのカップルがアタシに気づいたらしい。やめてよ〜自殺とかしないから、いやしようとしてたけど。今からこの柵よじ登ってラストスパート全欲ぶっ放し守るもんなし人生スタートさせんだから!

 アタシは警察を呼ばれて面倒なことになる前にさくっと柵を乗り越えて上ってきた階段を全速力で駆け降りた。さよなら、アタシのマウント富士。てかこの靴走りにくすぎ、足痛すぎ! どっかでいいスニーカー買っちゃおう。そうだ、いきなりめちゃくちゃな大金が降ってきたりすることなんてないけど、アタシには少しだけ貯金がある。あぶねー、死んで無駄にするところだった。どうせなら全部使い切ってから死んでやろう。もう我慢しなくていいんだ! 思いっきりパーっと使って、ドキドキしたり、キュンてしたり、とにかくアタシの欲を満たしまくってトキメキの果てに成仏しちゃお。なんとかカントかって偉い人は、死後の世界についてはなんも言えねーって言ってたみたいだけど、このままもわんもわんの煙になってふわふわ死んじゃったらアタシは絶対この世にしがみついてめちゃくちゃ嫌がらせとかしちゃうと思う。そんな醜い死に方アリ!? ナシナシ! 生きてても死んでても満たされないなんて超最悪。サンキュー、見知らぬカップル。幸せにやんなよね。

 アタシはとにかく変に前向きになっちゃって、プリプリのダイアモンドを大声で喚き散らかしながら家路を急いだ。あっつい! けど、今日がどんよりモクモク灰色お天気だったなら、あのカップルも手を繋いだり、お外なのにキスしちゃいたくなったりしなかったかも。そしたらアタシ、全財産無駄にして地味ーにべしゃっと死んじゃってたかも。サンキュー、全てがアタシに味方してる!

 一人暮らしのくらーい家に靴もそろえず駆け込んで滑りの悪い引き出しから預金通帳を手荒く取り出す。自分の吐く息の熱気でむしむしする。

【差引残高 2,486,892】

「約250万か……」
 2,486,892円。とりあえず、これがアタシの命ってこと。ふーん、まあ、悪くないんじゃない。良いとか悪いとかあんの、って感じだけど、少なくとも今アタシはワクワクしてる。生きるとか死ぬとかどーでもよくなって、ただどうやって欲を満たすか、ドキドキやキュンキュンを探すか、それだけしか頭にないとこんなにも楽なんだ。ま、これ使い切ったら成仏すんだけどさ。それも大事。一番満たされて、幸せで、もうなーんもこの世界に用はありませんって時に死んじゃうのが大事。だって死ぬ時痛いのとか嫌だし、痛み止めみたいなもんってこと。心も身体も満たされてたら、痛いのくらい平気っしょ。うん。まあもう死ぬ気でいたんだし、更に全財産失っちゃったら急に死にたくなくなっちゃったよ〜とはならないか。全てはアタシが無駄なく気持ちよくトキメキに包まれて成仏するためのゲームみたいなもん。あーなんかすっごい気持ちが軽い。こんなのって久しぶりだ。いつぶりなんだかは、わかんないけど。

 いつ干したのかも怪しい赤い掛け布団にぼふんと倒れ込んでみる。全力疾走をしたからか、急激に眠気が襲ってくる。まだ片付けていない扇風機のボタンを足の指先で探って、ぐっと押し込む。汗ばんだ身体に風が心地良い。とりあえずまどろみに身を任せてみることにした。

 そういや、遠くからじゃよく見えなかったけど、あのカップルの男の子、多分アタシのパンツ見てビンタされてた。扇風機がブオーンと首を曲げて、捲れ上がったスカートからレース付きの白いパンツがのぞいている。

【差引残高 2,486,892】




◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
ぱやちの関連リンク集 https://potofu.me/241638

  

第2話 ▶

16件のコメント

  • 残高の数字が生々しくて好きでした。私がそういうものを書く時は5などの奇数を使いがちなのですが、たった一つの9と偶数で書かれた残高は本当にありそうで素敵です。それを書ける感覚がすごいなと常々思ってます。女の子は誰とは言われていないし、ツイッターで見るぱやちのさんもこんな感じではないのに、なぜだかぱやちのさんのように思う時があります。どこかの世界線のぱやちのさんの様です。読んでいると「誰」なんだろうと酔うような感覚になります。小説は読者を虜にしてこそ素敵だと思ってるので、本物なんだろうなって思いました。

  • 普段は活字を読むのが少し億劫で時々ファッション程度に読書する人間です…笑 本が好きな方に怒られますね。でもぱやちのさんの紡がれる言葉は好きで、読む機会をうかがっていました。読書は気まぐれですが、続きを楽しみにまっています…!やっぱり素敵な小説でした☺️

    haruka
  • 息継ぎなしに進んでいく言葉が、なんとも心地いい息苦しさでした。かくれんぼみたいにキスしてるカップル、想像して泣きそうになりました。そんな言葉を浮かべる「アタシ」もぱやちのさんも、本当にキュートです。

    メロンレモン
  • 暑さと爽快感が同時に襲ってきました。「アタシ」を取り巻く世界に感謝できる強い子。

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  • 連載うれしや〜(;_;)

    かな

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