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『マイスウィートスウィートエンジェル!』第13話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


「あの、そのギター……ソラさん弾くんですか?」
シンちゃんがオレンジジュースを片手に手のひらで指す。こういう細かい丁寧さがまた可愛い。
「あー……弾こうと思ってたんだけどね。アタシ飽きっぽくて、全然だめ。飾りだよ飾りっ」
アタシの部屋には、大学生時代に買ったピンク色のギターが埃をかぶって正座していた。アタシには全然懐いてくれなかったけれど、シンちゃんには何故だか弾きこなせるような気がした。
「シンちゃん、弾いていいよ」
何気なく言ってみると、いいんですか! と目を輝かせて、ベヨンベヨンの音程を丁寧にチューニングしてくれた。アタシには少し大きなギターが、シンちゃんにはピッタリで、ギターも嬉しそうに見える。シンちゃんはスピッツやBUMP OF CHICKENの曲を何曲か演奏してくれた。カラオケでも思ったけれど、シンちゃんの声はガラスみたいに透き通っていて、早朝の光みたいに静かに温かい。

 シンちゃんが好き。だけどこれは恋じゃない。シンちゃんに触りたいとは思わない。むしろ遠くで見ていたい。シンちゃんがうんと遠くに行ってほしい。見えないくらいに、遠く遠く。アタシはシンちゃんの放つ光を感じて、満足していたい。シンちゃんの歌声を聴きながら、近くにいたくなさすぎて、涙が出そうになった。シンちゃんが好き。好きすぎて、こんなにも一緒にいたくない。変な気持ちになる。
「シンちゃんのオリジナルの曲はあるの?」
変な気持ちを誤魔化すように、聞いてみた。
「うーん……曲はあるにはあるんですけど、ずっとうまく歌詞が書けなくって……お蔵入りです」
シンちゃんの曲!
「聞きたい! ねえ、聞かせて、歌詞なくていいから!」
思わずテンションが上がって迷惑顧みず言ってしまったが、シンちゃんは照れ臭そうにしながらリクエストに応えてくれた。

 シンちゃんが鼻歌っぽく、どこか懐かしいメロディーを口遊む。アタシのギターが、こんなにも心地いい音を奏でるなんて、知らなかった。寒い寒い夜なのに、この場所だけ春の真ん中みたいにあたたかい。目を瞑ってシンちゃんを瞼の裏で感じる。この歌がいつまでも終わらなければいいのに、と思っていた。マイ、スウィートスウィートエンジェル。アタシの心には、そんな文字列がぷかぷか浮かんでいた。
「シンちゃんは、アタシだけのとびきり甘い天使」
歌が終わって、気づいたらそう呟いていた。シンちゃんはキョトンとして、え? と首を傾げた。
「ねえ、この歌完成させようよ。勿体無いよ、シンちゃんの声でもっとこの歌が聞きたい。アタシ、歌詞書くよ。書いたことないけど、上手くできる気がする。シンちゃんの歌、聞きたいもん。ね、ダメかな」
自分でも驚くような提案をしてしまったが、シンちゃんはぱあっと明るく笑って、
「嬉しい! ソラさんが歌詞を付けてくれるなんて……なんだかドキドキします」
と言ってくれた。

 その夜、シンちゃんにもう一度歌ってもらって、アタシはそれを宝物のように大切に録音した。シンちゃんに会う日も、会わない日も、何度も何度も聞いて、何度も何度も好きだ、と思った。

【差引残高 320,775】

 

◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
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