プレビューモード

『マイスウィートスウィートエンジェル!』第5話

岡山のツイッター文豪ぱやちの ハイパーただの小説


 子どもたちが帰り始めたので、そろそろ帰るかぁ、とブランコから降りる。かなりの時間漕いでいたみたいで、腕が痛い。忘れていたけど、ブランコを漕ぐと脚よりも腕の方がかなり疲れる。ビシッビシッと腕を振って、筋肉をほぐす。うーんと伸びをすると、夕方の涼しい風が全身を包んで少し疲れが癒やされた。心地よい疲労感。子どもの頃、ぐっすり眠れていたのはこの心地よい疲労感のためだったのかもしれない。

 大人になってしまってからは、(あるいは、大人のふりをするようになってしまってからは)疲労感といえばずんと重たい不快なものでしかなくなっていた。たまにはこうして公園で遊んでみるのも悪くないな、と思いつつ、タバコが吸いたくなって、大人ぶりやがってと自分にツッコミを入れる。

 そういえば、タバコを切らしていた。そういえばそういえば、またあのコンビニへ行こうと思っていたことも思い出した。あの店員さん、いるかなあー。いたとして、どうするんだろう。あの時何か言おうとしてましたよね、なんて言い出すのはかなりおかしい人みたいで、やだな。そもそも覚えてるのなんて、アタシだけかもしれないし。まーなんか色々期待するのも恥ずかしいから、とにかくタバコ買ってさっさと帰っちゃお!

 タバコを買うのなんてどこのコンビニでもいいはずなんだけど、結局何を期待しているのかアタシの足はあのコンビニへたどり着いてしまった。
「……! ……っらっしゃせ……」
 いた!
 ちょっとドキッとする。別にただの店員だし、知り合いでもないし、好きな人でもないし、どうでもいいんだけど。なんか心が落ち着かなくて、買うものもないのに店内をうろついてとりあえず気持ちを静める努力をしてみる。あ、ついでに夜ご飯も買っていこう。このコンビニのサラダパスタ、超美味しいんだよね。今日は大葉とタラコのサラダパスタにしちゃお。ついでにオレンジジュースも買っちゃおう、なんか爽やかな気分にピッタリだし。食べ物のことに集中していたら、気持ちも落ち着いてきたのでレジに向かう。
「これと、あとタバコの193番二箱くださーい」
店員さんは今日も眠そうな目をしながら、ぴっ、ぴっ、とバーコードを読み込んで、スタっスタっと目当ての銘柄の箱を取る。ひょろ長い指が印象的。
「……こちらでよろしいですか」
「はーい合ってます」
アタシは慣れた手つきでピッと年齢確認ボタンを押す。
「……あの」
ぎょっ。まさかの年確? ちょっとアタシ若く見えんのかしら。うーれーしーい〜。なーんてどうせマニュアルなんだろうけど。
「あ、免許証ありまーす」
「あっあっ、そうじゃなくて……あの……」
あ、あの時と同じだ。この人、話すのに時間がかかるタイプなのかも。今度はちょっとゆっくり待ってみよう、どうせ暇だし。アタシは少し首を傾げて黙って次の言葉を待つ。
「お、おれ……」
オレンジジュース。早く飲みたいなあ。アタシは反対方向に首を傾げて待つ。
「おれも、その、その……」
早く言え!!!!! アタシはぐーんと首を傾げてみる。
「おれもそのっ銘柄、なんすよ……ね」
「えーーーーー!」
え〜〜〜! コンビニでこんな風に世間話されるのって、はじめてかも。会話の内容よりも、急に世間話をされたことに感動して、間抜けな声をあげてしまった。適当な相槌みたいになっちゃって、ちょっと後悔。
「男の子でこの銘柄って、珍しいですね!」
どう会話を続けていいのか分からず、とりあえず思った通りに言ってみたら、店員さんは少し寂しそうに微笑んだ。

【差引残高 2,424,567】



◉ぱやちの
ミスiD2020文芸賞、たなか賞、「ミスiD2020」受賞。
https://miss-id.jp/nominee/9740
ぱやちの関連リンク集 https://potofu.me/241638

 

 

◀ 第4話

第6話(11/5夜公開予定)▶